行こか戻ろか藤原岳 (1140m 三重県いなべ市)

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(3月20日掲載の「セッちゃんに会いに行く」から続く)

多志田山(965m)で藤原岳と対峙する。見るからに険しそう。この急斜面を直登できるか。

積雪が解け始めており、ぬかるみがひどい。足を取られるだけでなく、つるつるとよく滑る。転べば泥まみれだ。斜面を滑り落ちていく恐れさえある。引き返したくなった。

これまで藤原岳は反対側の藤原山荘から登っていた。多志田山から少し下って登り返すと標高差は約200m。これを藤原山荘側に当てはめると9合目からの登りに相当する。なんとかなりそうだ。勇気を出して山頂へと向かう。

 

現実は厳しかった。靴の底に大量の泥が付着する。そうなると急斜面での踏ん張りが効かない。この際目印は無視して、なるべく乾燥した所、平らで角ばった岩の上、木の幹の向こう側などを選んで慎重に足を運ぶ。何でもいいから物を掴む。

立ち止まってひと息入れる時間が長くなる。滑らないよう足を踏ん張っているだけで体力を消耗する。

 

「あとどのくらいですかー」

下山する人に山頂までの時間を尋ねる。こんなことは初めてだ。あと30分、あと15分、という返事に勇気づけられる。

この急斜面を下るのは、登り以上に手こずるはずだが、皆さんの健脚ぶりに感心する。置いてきたストックの有り難さがわかる。

 

多志田山から藤原岳山頂まで1時間余り。危機対応力も含めて貴重なトレーニングになった。

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登ってきた孫太尾根を見下ろす

 

360度どの方角を見ても山また山が連なる。この景観がご褒美だ。引き返さなくてよかった。

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加賀の白山を望む

 

期 日 3月18日 月曜日

行 程 孫太尾根~藤原岳~大貝戸道~三岐鉄道西藤原駅

天 候 晴れ

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 フクちゃんにも会えた

 

 

 

セッちゃんに会いに行く

期 日 3月18日 月曜日

目的地 孫太尾根(三重県いなべ市

行 程 三岐鉄道伊勢治田駅~孫太尾根経由~多志田山

天 候 快晴

 

いつ行くか、どこで会えるか、見極めが難しい。

事前の情報収集を手がかりに決断する。

めざす孫太尾根の登山口には車が十数台、他県ナンバーが多い。

セッちゃんの人気の高さがうかがえる。

駅から歩くことおよそ2時間、久しぶりにその清楚な姿に出会うことができた。

絶滅が危惧されている。しぶとく生き延びてほしい。

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節分草

 

好天に誘われて多志田山(965m)まで歩いてきたら、すでに12時近く。

目の前には藤原岳(1140m※)がそびえ立つ。目的を果たしたのだから引き返してもよかった。

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さてどうするか。

 

※ 藤原岳の標高は諸説有り。

 

道端植物園

春が来るとウォーキングの楽しみが一つ加わる。車の往来を避けるようにひたすら道の隅を歩いていると、否応なしに道端の草花が視界に入る。

まだまだ名前のわからぬ花が多い。歩く植物図鑑と呼ばれるくらいになりたいものだ。時すでに遅し。

一つのことを覚えるうちに、二つ以上のことを忘れる。

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名曲再発見 その2

オモロイ音楽やなぁ。ケッタイやなぁ。

思わずそう言いたくなる。

クラシック音楽のイメージからは程遠い。

作品の存在は知っていたものの、まともに聴いたのは最近のことだ。

 

メシアン作曲 トゥーランガリラ交響曲

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聴きどころは、オンド・マルトノという電子楽器の音色だ。

ふわーっとしたなまあたたかい空気に包まれる。

この曲は何を表現しているのだろう。自分のごとき凡人の想像力には限界がある。

極彩色を思わせる音の氾濫を楽しもうではないか。

 

モクレン開花

今年は早い。まだ3月上旬というのに、もう咲き始めた。幸いなことにまだつぼみも多い。

「そんなに急がなくても、ゆっくりでいいんだよ」

そう呼びかけたくなる。

桜と同様、モクレンの花の命は短い。

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撮影は3月9日17時頃 日が長くなった

名曲再発見

音楽は、それをいつ聴くか、どこで聴くかで感動の度合いは違ってくる。或る人がそう記していた。同感である。さらに、その時の精神状態によっても変わる。

 

ブラームス作曲 交響曲第1番ハ短調 作品68

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名曲とは知りつつも、苦手な音楽だった。肩がこる。気疲れする。ほかの交響曲とは大違いだった。

或る時期を境にして認識が変わった。

予備知識などなくてもいい。かえって邪魔になることさえある。聞き流すくらいのつもりでよかったのだ。

第1楽章と第4楽章、それぞれの序奏の緊迫感、これと対照的に心安らぐ第2、第3楽章。

素晴らしい音楽ではないか。

 

ブラームス管弦楽法は、ここぞという聴かせどころでホルンを効果的に用いる。この曲はその典型だ。

そのホルンの響かせ方、ティンパニーの強烈なアクセントが聴きどころでもあり、より魅力を高めている。

 

ミュンシュ指揮 パリ管弦楽団

ジュリーニ指揮 ロスアンゼルスフィルハーモニー管弦楽団

アバド指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

最近ではこれらの演奏を聴いている。いずれも指揮者の個性がよく表れている。