私の本棚

TVに有識者が登場する。取材の場所は、書斎か研究室。後ろの本棚には膨大な図書が並んでおり、いつも感心させられる。これだけの本を長年にわたり読んでいれば、間違いなく有識者になれるのだろう。

小生の本棚をみると、読書の対象がきわめて限定されている。恥を忍んでその一部を紹介する。ほかの棚も推して知るべし。TV取材は断固拒否したい。

本の価格が高くなった。置き場所もなくなった。そこで若い頃に読んだ文学作品を読み返している。

その後人生経験を積み重ねたことにより読解力も向上し、作者の意図や作品の文学的価値が理解できるようになって、読んだ後の感想も変わるはず、と期待した。ところがその期待は外れた。
加えて、体力と根気がなくなり、長編が読めなくなった。短編でさえ、少し間があくと登場人物やストーリーを忘れている。
まともな読書感想が書けないのは、若い頃と同じだ。

人生経験と言えば聞こえはいいが、その実態は・・・
 家と職場を往復するだけの単調な暮らし
 限られた交際範囲や行動範囲
 好き嫌いが激しく関心がない事象には見向きもしない

したがって、想像力を働かせるにも限界があり、自身の日常生活とかけ離れた文学作品にはお手上げである。
数少ない例として、川端康成の「古都」に感銘を受けるようになったのは、趣味の登山を通じて、我が国固有の四季折々の風物の変化が実感できるようになったからだろう。

書店や図書館で書棚を眺めても、手にしたくなる本のいかに少ないことか。食わず嫌いを改めたい。